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2011年7月24日日曜日

横浜野毛町と武蔵屋

野毛は庶民の町というイメージがある。大衆演芸の「横浜にぎわい座」ができ、大道芸のフェスティバル開催でも有名になった。
戦後は闇市のメッカであり、造船所(今のドッグヤードガーデン)があった頃は、そこの工員達で賑わっていただろう。美空ひばりの「悲しき口笛」は、野毛の「風太郎(プーたろう)」が主人公だ。

現在でも、様々な飲食店がひしめく独特の町である。居酒屋に混じってジャズが流れるバーがあったりするところが横浜らしい。

野毛仲通り入り口 (RICOH GX200)

野毛仲通り  (RICOH GX200)

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前から行ってみたかった「武蔵屋」を訪れる機会があった。老姉妹ふたりで切り盛りしている居酒屋である。
随分前に雑誌で見て行ってみようと思ったのだが、地図が大雑把すぎて見つけられなかったのだ。
それもそもはずで、見かけは何の変哲もない民家。看板も赤ちょうちんもない。
7時半頃着いたのだが、案の定満員で、しばし外で待つことに。聞けばずいぶん長い間休業していたらしい。

武蔵屋外観  (ipod touch)


中に入ると昔ながらの土間の居酒屋。十条の斎藤酒場もそうだが、こちらの方はもう少しこじんまりとしている。
カウンターとテーブルがいくつか。奥の座敷に通された。ちゃぶ台の幅が30cmくらいしかない。どっこらしょと座り込むが満足に足が組めないほど狭い。
座ると、すかさず「お酒ですか」との問い。ここは料理はすべてコースで、飲み物も基本的に日本酒だけだが、最初の一杯だけはビールを飲むことが許されているらしい。「お酒ですか」とは「ビールはよいですか」との意味であった。
また、お酒は三杯までしか飲めないことで有名である。ただしコップ酒なので、三杯も飲めば十分だ。
コップが置かれ、土瓶からお酒が注がれる。表面張力ギリギリで止める。上手いものである。注いでくれたのは学生のアルバイト風。ぬる燗で飲み助には丁度よい。
最初の小鉢は玉ねぎの酢漬けとおから。お酒がなくなる頃、次の小鉢も出てくる。納豆とメインディッシュの鱈豆腐だ。お新香が出てくると、これで終わりという印。でてくるおつまみも昔から変わっていないらしい。

老姉妹の方はお一人しかいらしゃらなかった。妹さんのほうが入院されているらしい。代わりにお姉さんの肩を揉んだり、料理の手伝いをしているのは横浜国大の学生だということだ。教授が常連でその縁で手伝うようになったという。
そういったことを、隣席の常連の方に教えていただく。もう何十年もこの店に通っているという。
こういう店では、客同士も自然に会話が弾む。

とりあえずは火、水、金の週3日営業とのこと。勤めが東京なので平日にそうそう来ることはできない。
つくづく残念なことである。

一杯目:玉ねぎの酢漬け、おから  (ipod touch)

二杯目:鱈豆腐、納豆   (ipod touch)

三杯目:お新香  これでおしまい   (ipod touch)

ipod touch


その後、野毛の老舗の焼き鳥屋「若竹」に立ち寄った。ここもご夫婦で何十年も切り盛りしている。女将さんの笑顔が嬉しいが、ついつい話がスタルジックな昔の話に戻ってしまうのだ。「そうそう、昔はねえ…」

若竹:歴史のあるカウンター  (ipod touch)
































若竹:おかみさん  (ipod touch)































Carl Zeiss Jena TESSAR 50/2.8
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2011年6月25日土曜日

日本大通りスケッチ

「日本大通り」とは、また御大層な名前である。

日本初の西洋式公園「横浜公園」と、横浜初の波止場―イギリス波止場(現在の「象の鼻パーク」)を結ぶ日本初の西洋式街路  ―  と「初」が三つも重なる大層なものなので、それも致し方ないのかもしれない。

完成は明治3年頃とのことだが、当時から36mの幅員を誇るメインストリートであった。
馬車の時代にそんな大通りが必要かとも思うが、西の外国人居留地と西の日本人街を区分するとともに、慶応2年の大火のあとということもあり、防火帯の意味合いも強かった。

日本大通り:横浜開港資料館前 (smc PENTAX-A 50/1.4)

日本大通り:三井物産横浜ビル前 (RICOH GX-200)

日本大通り ちょうどフラワーフェスティバルをやっていた(2009年)  (RICOH GX-200)

フェスティバル終了直後 (RICOH GX-200)

皆でぐちゃぐちゃにしてしまう (RICOH GX-200)

祭りとなると名物おじさん登場  (RICOH GX-200)


現在でも、県庁や裁判所、日本銀行などが立ち並ぶ行政の中心街であるが、開港資料館、三井物産横浜ビル、旧商工奨励館、旧関東財務局などの有名近代建築群が立ち並ぶ通りでもある。

イチョウの大木が立ち並ぶ通りは、幅広い植樹帯を持つ歩道と合わせ、有効な都市景観となっている。歩道にはオープンテラスが設けられている。そこは関内を一巡りした最後に立ち寄る格好の憩いの場所だ。

神奈川県庁 (RICOH GX-200)

日本銀行 (RICOH GX-200)

三井物産横浜ビル  (smc PENTAX-A 50/1.4)

日本大通りオープンテラスにてスケッチ  (RICOH GX-200)



横浜地方裁判所

神奈川県庁

日本大通り オープンテラスでスケッチ その2    (smc PENTAX-A 50/1.4)



日本大通りの横浜公園側の端にある「旧関東財務局」は、日本近代建築の先駆者 「渡辺節」の設計である。路上建築探偵団御用達の「内幸町大阪ビル」の設計者として有名だ。渡辺節は大阪を根拠としていたので、もともと関東地方に作品は少なく、横浜では唯一のものである。
この建物は財務局が移転してから横浜市が取得した。一時期アートの拠点「ZAIM」として活用されていたが、現在は休止されているのが少し寂しい。

旧関東財務局   (smc PENTAX-A 50/1.4)


旧関東財務局 ( RICOH GX-200)

旧関東財務局  (RICOH GX-200)

当時のZAIM (2009:現在は閉鎖) (RICOH GX-200)

ZAIM内部 (2009)     (RICOH GX-200)

ZAIM Gallaly (2009)    (RICOH GX-200)

ZAIM Cafe (2009:現在は閉鎖)   (RICOH GX-200)

ZAIM Cafe (2009)     (RICOH GX-200)

2011年6月6日月曜日

横浜開港資料館スケッチ

「横浜開港資料館」は、かつてのイギリス領事館である。

目の前は開港150年を記念してつくられた「象の鼻パーク」。「象の鼻」とは、開港当初の「イギリス波止場」がその後増築され、まるで象の鼻のような形になったことに由来する。
開港資料館として、まさにふさわしい場所であり、建物である。

横浜開港当初の模型(横浜開港資料館)  説明はブログ主


開港前の横浜村は、山手から続く砂州にある寒村であり、「横に長い浜」を意味していた。
現在の横浜中心部の大部分-山手から野毛山までの間の平地はすべて埋め立て地なのだ。

ジャズ&アートフェスティバルが行われる吉田町はかつて神奈川宿から外国人居留地への入り口であった。居留地は川や掘割(現在は高速道路が通っているが)で区画され、そこに架かる吉田橋には関門が設けられた。その内側が「関内」という訳である。

横浜開港資料館記念ホール  かつての領事館待合室 (RICOH GX200)

横浜開港資料館:東門への通路 (RICOH GX200)

日本建築界の大御所村野藤吾設計の新館ができたため、かつての正面玄関が中庭に向いてしまうこととなった。
日本大通に面する正面玄関らしきものは東門に当たる。英国工務省の設計とのことである。
アクセントの丸窓がかわいらしい。

横浜開港資料館:東門   (smc PENTAX-A 50/1.4)

北側(山側)より望む  (smc PENTAX-A 50/1.4)

記念ホールの窓:ツタが美しい  (smc PENTAX-A 50/1.4)







横浜開港資料館
このブログのきっかけとなった肩の骨折も、やっと手術して金具を取り除くことができた。取り出した金具はすべてもらってきたのだが、どう見ても普通のネジとしか見えない。チタン製だそうである。
ネジ穴は2か月ほどでふさがるとのこと。トカゲに劣らず人間の回復力もすごいものである。

2011年4月10日日曜日

横浜近代建築スケッチ

横浜でアートといえばトリエンナーレが有名であるが、歴史的建造物を活用した取り組みも活発だ。

横浜は港町だけあって近代建築の宝庫だ。消え行く運命にあるこれらの建物に新しい生命を吹き込んで都市としての活力として利用する試みもいくつかなされてきた。赤レンガ倉庫がその最大の成功例だ。
その近くの北仲通りでは現在再開発がおこなわれている。以前スケッチに書いた「旧帝蚕倉庫事務所」がどうなるか気にかかるところであるが、どうやら保存されるようである。

今日はやっと桜も満開となった。先週の日曜日はまだ冬の最中といった感じの寒い一日であったが、関内までスケッチに出かけた。

みなとみらい線の馬車道駅が出発点(RICOH GX200)

馬車道駅構内 すでにレトロ (RICOH GX200)


馬車道に建つ旧富士銀行は東京藝術大学キャンパスとなっており、その近くの旧第一銀行横浜支店は、ヨコハマ創造都市センターとして、活用されている。

旧富士銀行横浜支店:現在は東京藝大キャンパス (RICOH GX200)


そこからほど近いところに本町ビル(旧帝国火災横浜支店)がある。有名なものではないがニューヨークのアパートを彷彿とさせる趣のあるビルだ。

本町ビル (旧帝国火災横浜支店) (RICOH GX200)

本町ビル全景 外部階段がレトロ (RICOH GX200)


本町ビルスケッチ 本日1枚目
日本郵船の建物自体も由緒あるものだが、その一角が博物館になっている。「船→建築」展をやっ
ていたので入ってみた。20世紀の巨匠コルビジェの建物が、これほど船そっくりだったとは!時代の最先端の大型汽船へのあこがれが垣間見える。

日本郵船歴史博物館 (RICOH  GX200)


下のスケッチは休憩室でお茶を飲みながら描いたもの。

日本郵船歴史博物館

旧第一銀行で活動していたバンカート(BANK_ART)は、日本郵船の倉庫に移った。2008年横浜トリエンナーレの会場にもなり、立地的にも最高の場所で期待できる。
倉庫の大空間が贅沢だ。独特の無梁板構造(マッシュルーム構造;梁がないのですっきり)の柱も美しい。

BankArt Studio NYK 内部 :無梁板構造の柱が美しい(R(ICOH GX200)

BankArt Studio NYK: 内部展示スペース (R(ICOH GX200)

BankArt Studio NYK 内部 :アート書籍がいっぱい (R(ICOH GX200)

BankArt Studio NYK  (R(ICOH GX200)

BankArt Studio NYK :対岸は横浜赤レンガ倉庫  (R(ICOH GX200)
日本大通りに面する横浜情報文化センターは、旧横浜商工奨励館をリニューアルしたもの。玄関部分が保存されている。アールデコ風の美しい意匠だ。

旧横浜商工会議所玄関ホール (RICOH GX200)


旧横浜商工奨励館:階段ホール (RICOH GX200)

旧横浜商工奨励館:2階階段ホール (RICOH GX200)

近くの三井物産横浜支店のビルは遠藤於菟の設計。北仲通りの「帝蚕倉庫」と同じ設計者だ。柱の感じが似ている。

三井物産横浜支店 (RICOH GX200)

そろそろ休憩しようと、旧財務局の歴史的建物を活用したZAIMU(これもアートの拠点;バーが併設されていた)に行ったが、残念ながら閉まっていた。4月から閉館となったようである。

しょうがないので、近くのオープンテラスのあるパン屋さんに陣取ってスケッチすることにした。もちろん、ワインを飲みながら(休んでいる時しか描かないのね)。

ワインを飲みながらスケッチ

芽吹く寸前の木々 本日3枚目